2013年12月3日火曜日

魔法の箒が必要なのだ(12/20/2002)

魔法の箒が必要なのだ(12/20/2002)

長い間、人類は、紙による図書を情報の手段としてきた。
しかし、コンピュータとディスプレイの登場によって、
活字はこの世界から、抹殺されて、あらたなフォントの時代になった。
ハイパーリンクは、多くの情報のリンクを可能に、
図書では考えられない、情報のあり方を提案し、
多くの人間にその便利さを見せつけている。
それは、新たな"図書”の出現である。
それは、”電書”というべき新しい概念の図書の登場である。

鉛筆を越えて、キーボードになり、
紙はディスプレイに変わり、
本棚は、インターネットに繋がるディスクたちになった。

新たな戦いである。
求めるものへ、導くための戦いである。
あなたが、本当に、何を求めているのか
あなたに、本当に必要なものはなんであるのかの
戦いである.

この情報の洪水のなかを掻き分けて進まなければならない。
しかし、それは、何度も訪れた洪水でもある。
図書を作るためには、書き写すしかなかった時代から活字の時代に変わった時も
図書しかなかった時代から、雑誌の登場を受け入れた時も
無限に活字を繰出す写植の登場の時も
そして、フォントの登場の時も
そして、今、新たな大洪水の時なのである。

これに立ち向かう武器はなんだろうか。
新たな武器が必要だ。
その武器をわれらは探し求めている。

                            (12/20/2002 魔法の箒が必要なのだ)

言葉は、未来を切り開く ”斧(おの)”。(9/21/2002)

言葉は、未来を切り開く ”斧(おの)”。(9/21/2002)



未来という事象の中に、”かたち”を浮かび上がらせる。
”こと” と ”もの” に意味を与え、かたちを与え、生命を吹き込む 言葉。

先人の知恵を辿り、多くの人々が、聖書を読み、論語を読み、仏典を読んだ.
まだ見ぬ、地平の先を求め、かつて、先人が見たという、まぼろしの大地を探し求めた。

日々、生まれ、確かなものへ、変化を求めて、成長を止めない 言葉たち。
日々の発見が、日々の努力が、かつて、存在しなかったものに、
かつて、認識されなかったものへ、
”かたち”を定め、意味を定め、生命を吹き込んでいく。

人は、”どこ”に生きているのであろうか。
かつて、無明の世界を彷徨っていた 三重苦のかの人は
一つの言葉が、人生を歩ませたという。
井戸からくみ出されるその”もの”に、言葉の生命があることに出会い、
かの人の人生が輝きだした。

言葉は、未来を切り開く "斧"
未来を見せなくしている たくさんの概念や思想、宗教の地層を打ち砕く ”斧”
新しい言葉が、 真の言葉が、 未来を切り開く ”斧”である。
まだ見えぬ 理想というべき ”なにか”を求めてやまない人類。
”求める”とは、見知らぬ ”答え”に出会うこと。
そこには、すでに、”答え”の存在を直感している”不思議さ”がある。
その”答え”に出会うまで、言葉という”斧”を振るうのである。

                (by kimito 9/21/2002 中秋の名月によせて)

求めるものは(11/16/2002)

求めるものは。(11/16/2002)

求める情報は、いつも、自分の習い覚えた知識の向こうにある。
だから、探し求めなければならない。
人は,いつも未知なる世界を生きるものである。
だから、本当に知りたいことは、自分の手で求めなければならない。
確かに、誰かが知っているということもあるだろう。
けれでも、本当に必要なものは、自分の手でさわり、自分の目で見て、自分の頭で考え
心で納得しなければならない。
簡単に手に入ったものは、少し必要だったかもしれないが、
本当に大切で、必要なものではなかったかもしれない。

同じ本を何度読んでも,あるとき、突然、人生を変える言葉に出会うことがある。
たくさんの情報があったとしても、文字があっても、こころがそれを求めていないときは、
それは、探し求めているものではない。
何十万の人は読んでいた本にも、ある人は、誰にも気づかれず、
 その人の求めるものにひそかに出会うのである。
そして、自分がなにを求めていたのかを知るのである。

求めるものは、その人の心に感じる 意味と生命と価値 に出会うことである。
そして、自由を得るのである。

図書館に掲げられた言葉
「真理はわれらを自由にする」

人間の叡智にたどりつくまで。
真理を求めるものを導くもの

人が真理を探し求める存在なら、
その人が、真理に辿りつくまで、
密かに、見守る存在でもある。
                            (by kimito 11/16/2002 奈良の空をかかる月を見ながら)

トラブルの時代へ(11/11/2002)

トラブルの時代へ(11/11/2002)

すべてのものは、エントロピーに従って、崩壊していく。
そのエントロピーに逆らう力は、生命の力だけ

コンピュータの中核を担うOSが目まぐるしく変化する時代.
コンピュータの寿命が数年しかない時代。
仕事を業務を、管理を、この夢の機械 “コンピュータ”に未来を託そうとしている人類。
しかし、それは、トラブルの時代の始まりでもある。
毎日、毎日、たくさんのコンピュータが、停止し、捨てられていく。
昨日と違うコンピュータが、不完全なまま、完成した顔をして登場する。

すべては、混乱とトラブルの発生を内在したまま、世界は構築されていく。
いつの日か、このトラブルと混乱は人間社会に大きな打撃を与えるかもしれない。

コンピュータを利用することを決めたときから、トラブルに立ち向かう準備が必要である。
それは、舵も、エンジンもない小船が、荒波の海に漕ぎ出す冒険のようでもある.

波のない静かな時が、ひたすらに訪れますように。
しかし、それは、一時の幸運にすぎない。

すべては、エントロピーの法則に逆らって生きることはできない。
生命の力も、やがて、その力を失っていくのである。

コンピュータが引き起こすトラブルを制圧する力と
コンピュータが撒き散らす混乱を押し留める力が、人間には必要だ。
このために、毎日、なんと多くの人が、苦闘を広げているのだろうか。

かつてないほど、多くの仕事をこなすことを可能にしたコンピュータにも
感謝しながら、この脆弱なシステムに人類の未来を託すことに不安も
感じながら。

                (by kimito 11/11/2002 イラクへの攻撃準備が進むというニュースを聞きながら)

2013年12月2日月曜日

新しい世界の構想  21世紀の文明開化へ。

新しい世界の構想  21世紀の文明開化へ。


21世紀をつくる力は、人の心に潜んでいる。
20世紀は、多くの物質のエネルギーを取り出してきら。石油、原子力、電気
それらの、物理エネルギーの取り出しに必死になってきた。
しかし、意味のエネルギーは無視されてきた。
すべてのものに、存在の意味を問うこと。もし、そうすることができるなら、
もうひとつの文明が生まれだすにちがいない。
石油の成り立ちも、その存在も偶然や手探りや、地道な探査によって、発見されてきた。
なぜ、石油の存在意味より、先に、経済の存在意味がすべてを飲み込んで。
石油のあらゆる側面の無視して。経済に焦点して。
しかし、空気は汚れ、町は、プラスチックに満ち、海にはたくさんのビニールが浮かぶ。

経済の存在意味が失われると、それは、なんと、とんでもないことになっている。
原子力も経済の力で、今は支えようとしている。しかし、それも、大きなお荷物となり始めている。

すべての存在に意味を見つけ出そう。それは、リサイクルとかいう概念とは、まったく違う。
新しい存在の意味 (名称はわからないけど 意味エネルギーみたいなもの)を見つけ出す
いや、感じる力が必要。

その感じ方、たとえば、体が不調だと、気分が悪い と感じる力 は、なんと形容する力だろう。
気分がいいと、元気を感じる力。

花に美しさを感じる力。でも、その花には、病気を直す力も秘めているのかもしれないし、
食べれる草なのかもしれない。キャベツのように。

多くの存在の意味が、人間の関係に生まれている。しかし、存在の意味は、人間を中心として
生まれるわけではない。人間がいようがいまいが、その意味は存在するから。

耳を澄まそう。あらゆる可能性があるはずだ。
あらゆる意味があるはずだ。

すべての存在に意味を感じるとき、そこは、ユートピアかもしれない。
新しい文明の出現なのかもしれない。
すべてが連鎖し、つながりあい、支えあう 意味が、自ずとコミュニケートするそんな世界への
感じ方が、存在する。

経済に眼くらましされた価値を一度すてて、新しい意味を見つけ出そう。時間も、空間を越えて。
未来に見えるすばらしい世界を信じ、あなたもつくりだそう。

そして、そんな意味を感じられるあなた自身を感じよう。どんなにすばらしい意味が隠されているだろう。
ひまわりの種も、朝顔の種も、まるで石粒のようにしかみえない。
しかし、その種も、水と光と大地があれば、あらゆる可能性の開きだす。
10cmしか大きくなれないのか、1mにもなるのか、10mになるのかは、その種からは推し量ることは
できないが、おおきなひまわりや朝顔になることは、できる。

1万個の実をならせるトマトもあるのだから。

あらゆるものに中にある力。物質には、相対性理論が語るようにとんでもないエネルギーが秘められていた。
とんでもない、意味が、何気ない石に、トンボに、花に秘められていることに気付く文明がきてもいいと思う。



                by kimito KUROSAWA

新しい世界の構想  人生の新しいエンジン。

新しい世界の構想  人生の新しいエンジン。

自分の人生を創りだすためには、エンジンが必要だ。
幼き日の人生のエンジンを捨てて、新しいエンジンを手を入れなければ
ならない。
子供の時の歯が入れ替わるように。

そのエンジンは人生を創りだす力。
子供の時のエンジンと、大人のエンジンとでは、まったく違うものになる。
子供の歯が、いつしか、大人の歯に生え変わるように。

新しいエンジンは自分の力で人生を切り開くためにある。
大人になって、自分の人生を定めようとするとき、そう、思春期のときに
もっとも、感受性豊かになるときに、もっとも、インスピレーションを感じやすくなるときに
その切り替えが起きていく。

かつては、風土、社会、制度によって、エンジンは、その形は大きく制約された。
村の中でいきれるように。家業を継ぐこと、嫁にいくこと。その多くは、決められていた。
そのなかで、エンジンは回り、人生を創っていった。
しかし、今は、自由に、職業を選択し、多くの知識を得、無限のエンジンを手に入れることも
可能になった。
たくさんの機会が新しいエンジンに多くの力を与える。

すばらしい、エンジンを作り出そう。あなたの人生のために。
そして、21世紀の世界のために。


          by kimito KUROSAWA
                          

新しい世界の構想  未来を見る眼。

新しい世界の構想  未来を見る眼。


たけし&所の遥かなる人類の人類への旅 第2夜 (11/5/2000 pm 9:00-11:00 テレビ朝日) をみた。
ガウディーの造ろうしているサグラダファミリアという聖堂の紹介をしていた。
その壮大の計画は、もうすでに百年近くたってなお、建築の途上にある。 ガウディの生きていた時代からすれば、
こんなにも時代が変わろうとしているのに 相変わらずの石つくりの教会を建てようとしている。
まだまだ、数百年の月日が 必要とする、本当に、壮大な建築物である。
現代技術による建築は、長くても数年で、どんなに大きな建物を作り上げる技術があるのだが。
しかし、この教会に込められた壮大なビジョンは、それは、未来からのビジョン。
ガウディには、どのような建物が出来上がるのか。そして、誰がそこで何をするのかまで、
まるで、映画を見るように、見えていた。時間を通り抜けて、完成した聖堂が見えていた。
そこには、ミサが行われ、大聖歌隊の合唱が流れ、人々の歓喜の顔が映っていたにちがいない。

戦争という悲劇にこの聖堂も傷ついたが、しかし、ガウディには、完成のビジョンが現実のように 見えていた。
それは、不思議なことだと思う。 未来が、彼には見えた。だからこそ、この聖堂を造ろうと思い立った。
まるで、神々の集う場のように。 争いもなく、平和なユーとビアがそこに本当に訪れている
 未来への確信 信念がそこにある。 人間は、平和を、ユートピアを必ず手に入れることができるという確認でもある。
そして、人間のすばらしさを、愛のすばらしさを 謳いあげる場を、そこに創るという確信もある。

----------------------
もし、人が未来を見ること力があれば、そして、生命に未来を見る力があるならば、
生命が進化する力がそこには隠されているかもしれない そんな気もした。
                by kimito KUROSAWA