2013年12月3日火曜日

現代社会に残された不思議な森(7/15/2003)

現代社会に残された不思議な森(7/15/2003)


人類の長い歴史。
広大な地球。
さまざまな文化、文明、民族。

この大地の残されたピラミット。
この大地に隠されたさまざまな遺跡。

その壮大な出来事としての歴史。そのはかりしれない無限の広がり。
しかし、それ以上に、広大無辺な意識のひろがり。
ファンタジー、SF 無数の世界
旧約聖書の世界、仏典の世界
ハリーポッターや指輪物語の世界。

あたかも、それは、もう一つの、いや、たくさんの別の世界が存在しているかのようだ。
いや。もしかすると、ひとつの人生は、一つの世界なのかもしれない。
同じ出来事を目の前にしながら、まったく、違う反応をする ひとり、ひとりの人間
確かに、ひとつひとつの世界をもっている。
しかし、そのひとつひとつの世界も、また、無数の世界へとリンクしているに違いない.
ハリーポッターの世界や孫悟空の世界へとどこかで、繋がっているにちがいない。

46億年の太古からただ一つの地球。
そこで、起きた時間の流れ、現象は、ひとつなのかもしれない。
しかし、なぜ、図書館には,その事象とは、別の世界があるのだろうか?

本。
一人の世界を多くの世界と共有することのできる不思議なもの。
この不思議さに出会うことができるだろうか?

この不思議さに出会うこと。それ自体、内的答えの直感との出会いでもある。
なぜなら、あることに不思議と感じるためには、不思議を感じる”種”が存在しなければならないからである。

この地上から、不思議は消え去ったのであろうか。
少年期に教えるべきものは、教科書の隅から隅まで隈なく検証され、完璧に整備されているとでもいうのだろうか?
あらゆることがインターネットで探せるというのだろうか?
膨大なデータベースがあれば、あらゆる知見を探し当てられるとでもいうのだろうか?

私は、“誰” 私は、”何をするために生まれてきたのか”
あなたは、”日本の労働力としてのみ存在しているのはなく”、
あなたは、”日本の税金をはらう存在として存在しているわけでもない”
サラリーマンになることのみに生きているわけでもない。

図書館。
現代社会に残された 唯一の不思議な森 人間が空想し、夢みる森
しかし、その図書館も、きれいに整備され、ただの芝生の広場になってしまった。
毎年毎年出版される無数の娯楽小説を置くスペースもたりなくなり、
子供達の本に占領されて、
数千年の歴史を伝える古木は、消え失せ
世界に向けたメッセージは、見失われ
不思議さは、どこにもない。

私たちは、取り戻さなければならない。
町の中に、不思議な森を取り戻さなければならない。
野山を駆け巡り、見知らぬ昆虫に出合ったり、動物や小鳥を見かけたように
図書館の中で、見知らぬ著者に合い、不思議な話を聞き
そう、トロイの木馬の不思議さを直感した人のように
不思議な世界に触れなければならない。

現代社会において、唯一残された 不思議な森
それが、図書館だったはずなのだ。

野山で、風の音、小鳥の声、木々の成長する力、草の逞しさを感じるように
図書館で、一冊の本に込められた願い、思いを感じなければならない。

不思議に出会うこと。
それは、あなたの内にねむる 不思議な”種”に出会うこと。
それは、とても不思議なことだけど、その不思議なことの答えを知るもののみが、
その不思議さに出会うのである。

その不思議さにどこで出会うのかはわからない。
物理学者になったある教授は、少年の時、その目で火の玉をみたという。
音楽家は音楽の不思議さに惹かれ
冒険家は冒険の不思議さ
宇宙の不思議さ、人生の不思議さに
出合っていくのだ。

図書館。
不思議な (この森という字が 木を3つ組み合わせた字はなくて 本を3つ組み合わせた 字があるといいのに
         と思いつつ)

現代社会に残された であってほしい。
広場でも、遊具の置かれた公園でもなく、さまざまな施設が整備された ランドでもなく
不思議な森が、現代の社会に必要だ。
その不思議さを蓄えるのが、そう、図書館なのだ。

                 (by kimito 7/15/2003)

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